たちまちのイロハ

広島県東部の山奥に住み、農業・宿泊業・イベントの企画を行う会社の代表をやっているモノのたちまち(=とりあえず)の暮らしを綴ったブログ。

クラウドファンディングを「楽してお金集める方法」と思っている愚か者へ

ここ最近、お金にまつわるサービスや出来事が急増していますよね。

ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家の登場によるチャレンジの幅の広がり

・仮想通貨の登場による、お金の価値の変化

クラウドファンディング(以下、CF)の登場による応援の仕方の変化

など

 

本当に出資・投資関連やフィンテック周りが大きく動き回っています。

僕の周りの友人もpolcaを利用して旅をしたり、CFで資金を募って新規事業を立ち上げたり、VALUでお金と人脈を作り上げたり

お金にまつわるイロハはここ数年でありえない変化を遂げていると思います。

お金が理由でチャレンジができないでいる人に、必要なお金がどんどん届けばいいなと思います。

 

僕も昨年、CFに挑戦しました。

おかげさまで、150名以上にご支援いただき、218万円の資金を調達することができました。

その節は、多くの方々にお世話になりました。

本当にありがとうございます。

 

そんなクラウドファンディング中に言われたことがあります。

「なに人の金でプロジェクトやってんの?」

「楽してお金集めてんの?」

「どうせ達成できないだろうw」

↑上みたいなことを結構言われました。

 

そこの評価に捉われていては、成し遂げないといけないプロジェクトを成し遂げられなくなってしまうので

愛想笑いの完全無視を決め込ませていただきました。

 

で、達成して以降の変化がこうです。

「やりたいことがあったらCFで楽にお金集めればいいんですね!」

「方法を教えてください!!」

「お金が簡単に集められる時代なんですね!やってみたいです!」

 

世の中の手のひら返しがすごいのなんの。

これが僕の周りに起きたことです。

 

で、SNSを見渡してみると、同じように

「他人の金でなにやってんだ!」とか

「楽してお金集めてんじゃねーよ!」とかの

完全に不毛な否定意見が散見されています。

 

一言言わせていただきます。

 

クラウドファンディングでお金集めるの楽じゃねーからな」

 

これに尽きます。

 

なんで楽じゃないのか?

理由は以下の通りです。

1:CFのプロジェクトリーダーの信用を担保にする。

2:プロジェクトの未来をわかりやすく共有するための伝え方のデザイン

3:支援者に喜んでくれるためのリターン(お返し)の準備

4:とことん営業

 

(1)「CFのプロジェクトリーダーの信用を担保にする。」

 CFのプロジェクトをするといっても、プロジェクトが実現されないと支援した人は「は?なにやってんだよ、コイツ」と当然思うわけです。

なんの為に応援・支援したのか意味わからないですもん。

だから、やるといったことはキッチリやらないといけないのです。

だからこそ、「あ、この人は本当にやるんだな」という信用を担保にして、CFに取り組まないといけないのです。

結構プレッシャーあります。

きっと、やることの規模(=必要資金調達金額)が大きければ大きい人ほど。

多くの人が見守り人になっているわけなので。

 その人の評価や信用というのがまず直結していきます。

 

約束を守らない人に次のチャンスはないのと同じです。

 

(2)プロジェクトの未来をわかりやすく共有するために伝え方のデザイン

どんなに小さなプロジェクトでも、ちょっと笑ってしまう馬鹿げた企画でも

その プロジェクトに人々が「共感」しなければ、応援の声は集まらないのです。

その企画が利他的か利己的かに関わらず、「共感」を呼ばないプロジェクトは応援されない。

※どちらかと言えば、利他的(社会性がある)な企画ほど支援が集まってる気がしますが

 だからこそ、写真であったり、映像であったり、文章であったり、わかりやすく「それいいじゃん」と思ってもらうようにデザインをしていかないといけないのです。

これには時間がかかります。(僕がそういうの苦手なだけかもしれませんが)

時間をじっくりかけて、プロジェクトと向き合い、言語化していき、ようやくひとつのCFのプロジェクトができあがるのです。

そこに本気度がなければ、正直、お金集まらないんじゃないですか?

 

(3)支援者に喜んでもらうためのリターン(お返し)の準備

クラウドファンディングって、支援してくれた方にリターン、つまりお返しをするのが一般的です。

でも、ここでただ「お返し」をするのではなく、「喜んでもらえるお返し」でないと意味がないのです。

これ、普通の商売と同じです。買って嫌なものが売れるわけがありません。

どういった人にどんなリターンが喜んでもらえるのかを、支援してくれる人の顔も想像して、作り上げていくのです。

その準備も、たくさんの人を巻き込むことになるので、お願いに走り回ったり、調整したりする必要があります。

 自分だけで完結するリターンを用意できる人はあまりいないと思いますし、むしろ、自分だけでリターンを完結できる人はリスペクトです。

 

(4)とことん営業

CFの相談に来る人が勘違いしてるのは「待ってたらお金が集まって来る」という点です。

 

集まってこねーから!マジで

 

はい、本当に待ってるだけでは集まってきません。

CFのサイトにプロジェクトを掲載したところで数百とあるプロジェクトを見ても

正直「誰だ、お前」状態です。

だから、やらなければいけないのが、「営業」です

直接会ってお願いをしたりしました。

渋谷のスクランブル交差点の真ん前でCFのプロジェクトの看板を作ったのを持って宣伝活動してました(超恥ずかしかった)

ここまで動いて、ようやく集まりました。

知人も多くCFにチャレンジしていますが、ほとんどの人が圧倒的に営業をし続けています。

なんなら、その人の時給を考えると、普通に働いた方がいいんじゃないか?って人もやっています。

不毛だと思いますか?

なぜ、ここまで動くかというと、お金を超えてプロジェクトを心から応援してくれる人たちと出会いたいからです。

CFにお金を出してくれる人は、そのプロジェクトを見守ってくれる人たちです。

そんな人たちを増やしたいから、僕たちは走りまくったのです。

 

以上の4点が、まぁ大変な点かなと思います。

で、生半可でやりたいと言った人は、ほとんどCFさえ挑戦しないという結果になってる気もしてます。

どれだけそのプロジェクトに思いがあるかも重要ですね。

 

さいごに

CFでお金を集めるのは楽ではありません。

楽ではありませんが、本気でやればすごく楽しい時間を過ごすことができます。

知人・友人だけではなく、見知らぬ人たちが応援してくれて、見守ってくれて

「頑張れよ!」と言ってくれるのです。

これまで、孤独に頑張り続けていた挑戦者たちにとって、これ以上嬉しいことはないと思います。

 

これから、どんどんお金の流れは大きく変化を遂げていくと思います。

小さいものから大きなもの、くだらないものから崇高なものまで

たくさんの挑戦が「応援」されやすい世の中になればいいなと思います。

 

 

 

 

効率と無駄の境界線

みんな無駄を省くの好きだよね。

邪魔な無駄はどんどん省いていく。

省く省く、そして、効率よくなっていく。

それが豊かだ。確かに豊かになる一歩手前だ

けど、大丈夫かな、磨り減ったりしてない??

 

たまには無駄な時間も大切なんだと思うよ。

たまには無駄ってのもいいものよ。

効率ばかり考えた結果が、家と会社の往復なんて結果になってないかい?

そこに、余裕はあるかい?

隣の人に優しくなれてるかい?

無駄というかそういった余白がないと大切なもの落っことしちゃうよ

 

不思議なもので、どんなに優し人でも時間がなかったり、

何かに追われてしまっていたりすると、

優しくなってしまうんだよね。

それはその人自身が悪いってわけじゃないんだ。

誰しもがそうなりやすいんだよ。

 

だから、余白っていう一見すると無駄そうなものが必要なんだ。

自分と対話する時間とか好きな人と好きな時間を過ごしたりね。

そうすると、自分も見失わないし、

誰かを愛せるので自然と優しくなれる。

 

朝起きて、鏡見て、「こいつ優しくなさそう」って素直に思ったら

とりあえず、いつもと違う道でしかも遠回りをしてみようよ。

きっと、素敵な余白になるはずさ。

もし、会社に少し遅刻しそなら、ちょっと小走り。

結構遅れそうなら全力疾走して間に合わせよう。

 

 

社会の不条理を変える"共犯者"のいる世界。

難民、貧困、差別、労働問題、フードロス、過疎地、etc

今の日本社会、いや、世界には様々な課題がうごめていている。

 

一見しただけでは、それが課題ともわからず

素通りしてしまう。

 

自分には関係ないからと

なんの得にもならないからと

何事もなかったかのように、自分の日常に戻る人がほとんどだ。

特に気にしなくても、自分を中心にした世界自体は回り続けるのだから。

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「ご飯、しっかり食べてるかい?」

僕は2年もの間。

1日3食のうちのほとんどを

朝ー食べない

昼ーうどん

夜ーゼリー

という生活を続けたことがある。

バイトしてたから、お金がなかったわけじゃない

摂食障害というわけでもない。

好き嫌いが激しかったからじゃない。

クローン病という病気を発症したからだ。

クローン病についてはこちらをご覧ください

難病情報センター | クローン病(指定難病96)

 

何を食べればいいかわからなかった。

医者からは

「一番の療法は食事だよ」

「脂質やアルコールやカフェインの刺激物、あと食物繊維はNGに近い」

と言われ、なにを食えばいいのかわからなくなった。

この病気は体調がよければ、脂質やアルコールを摂取しても問題ない。

だが、それらを口にすることで

いつ再発するかわからない恐怖と戦っていた。

 

飲み会にもいけない

友人が食べている食べ物が食べれない。

 

一緒にご飯を食べることができない。

 

苦痛だった。

 

そこからは地獄だ。

少し体を動かせば全力ダッシュをしたあとのような疲労感と

夜も寝られない恐怖感が襲って来た。

周囲には悟られぬように、なるべく笑顔で振舞って

活動を必死におこなった。

そんな日々が2年近く続いた。

 

ある日、病院の先生から

「体調がかなりいいし、病状もないみたいだから、食事あんまり気にしなくていいよ」

 

先生からそう言われた後、ラーメンを食べにいった。

東京の都立大学駅近くのラーメン屋。

美味かった。

帰り道、少し泣いた。

 

その後、友人と焼肉を食べにいった、職場の上司が飲みに誘ってくれた。

どの時間もすごく楽しかった。

リラックスしてご飯を食べるということが

こんなにも素敵なことだなんて思わなかった。

 

この時から僕の食に関する価値観が変わった。

 

食はただただ腹を満たすためだけのものではなく

好きな人との時間と自分の心を満たすものでもあると。

 

 

みなさんは、ちゃんとご飯食べてますか?

 

心許せる人とご飯を食べていますか?

 

その時間が窮屈に感じていませんか?

 

そのご飯を食べる時間は笑えていますか?

 

誰かと一緒に食事をするときは、なぜだか楽しいですよね。

誰かとおしゃれなレストランに行くのもいいでしょう。

好きな人のために得意料理を振る舞うのもいいでしょう。

雑多な居酒屋で酒を飲み、笑い泣きするのもいいでしょう。

その時間はとても輝かしく、思い出になると思います。

なんともない日常かもしれませんが、とても特別なものです。

その時間を大切に、これからも続けてくれたらいいなと思います。

 

食事の時間が、みなさんの少しでも安らぎになりますように。

 

「ご飯、しっかり食べてるかい?」

 

◆◇◆◇本日のアイテム◆◇◆◇

      

 

 

 

 

 

 

 

世界を救う人たちが集う宿屋っぽい場所

小さい頃から宿屋の主人が好きだった。

もちろん漫画やアニメ、ゲームの主人公も好きだ。

それ以上にその作品に出てくる宿屋の主人がすごく好きだった。

疲れ切った主人公たちに酒と飯と寝床を提供することを生業とし

主人公たちはそこで旅の用意をする。

それがかっこいいと小さい頃から思ってた。

 

突然泊まりに来た一行がじっくり休んで

次の旅の準備をお手伝いして

旅に出て行く姿を見送って

数ヶ月すると彼らは世界を救っているのだ。

たまたま泊まりに来たメンバーが社会を変えて行くのだ。

その変えて行くワンシーンに立ち会い

さらにサポートすることができる。

そんな仕事最高じゃないか。

 

ドラクエルイーダの酒場

ナルトの一楽ワンピースの酒場

ポケモンポケモンセンター

それぞれの場所は物語において目立ちはしないが

重要な役割を担っている。

社会を変えて行くのは全員じゃなくていい。

少なくとも僕は、社会を変えて行く人が頑張っていく姿を応援して

羽休めをする場を作って

一緒に酒を飲みたい。

 

◇◆◇本日のアイテム◆◇◆

           

 

RPGの勇者だって宿屋で休むんだから、あなたも休みなよ

都会でも田舎でも暮らしていくと

理不尽・大変なことがたくさんあって

逃げ出したくなって

けど、どこに逃げ出していいかはわかんなくなってことはあると思う。

そんときは

都会はカラオケに行って

田舎は山にでも向かって、叫べばいいと思うだよね

「なめんじゃねーぞ、このヤロー」ってな感じで

いいじゃん、ロックだぞ、それ

 

そして、社会があなたに対して厳しくあたってきても

立ち向かって行くあなたはとてもかっこいいよ。

勇者だよ。

だからこそ、ここで倒れちゃいけない人なんだよ。

RPGの主人公だって、宿で休息とって魔王との決戦に向かって行くのだから、

ここらで酒でも一緒に飲まないか?

 

なに、明日からまた戦えばいいさ

 

◆◇◆本日のアイテム◇◆◇

     

本当に死ぬほど頑張る必要はないと思うんだよね。

みんな、本当に頑張ってる人が多い。

家族のため、会社のため、社会のため

その姿はすごくカッコよくて、輝いてる。

けど、たまに不安になる。

「誰」かのために頑張ってるけど

「自分」の体や心は大丈夫?

しんどくない?

他者のために頑張りすぎてない。

知らないうちに、自分を犠牲にしすぎてない?

 

自分がダメになりそうだったら

一旦休んでいいだよ。

それからでも、また明日から頑張れるはずだよ。

 

辛いとか

しんどかったら

田舎に遊びにおいでよ

酒とうまい飯と話を聞く俺なら用意できますので

一生懸命で倒れる前に

しっかり休む時間もとるんやで

それに、みんな十二分に頑張ってる。

紐を思いっきり引っ張って、ピンッと張り詰めてる感じ。

けど、たまには緩めんさいよ。

紐切れたら、直すの大変やで

 

羽を休める場所は用意しておくからね。